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11月, 2016の投稿を表示しています

清濁併吞的な。

常識は,科学的精神の支えである。そして,
人間は,地球にとっての腸活である。そうして,
常識は,悪戯を防止する支えにもなって
地球自身は,私達にとっての,
業の泉=角質異常(異化作用)+清濁併吞の
証左となる。
昼と夜は,頭脳と胃腸,常識と地球の
対応にもなっていて,『業の泉』,詰まり
私達の生活一般を支える者に対しては,
”角質異常(異化作用)”という祈りのような
PURITYのもとに,世界を形成しつつ,
また,”清濁併吞”とは,好きこそものの上手なれ,
喧嘩するほど仲の好い。嫌いはスキの裏返し,
一途にひとつ事。などの慣用表現の中に,
ただひたすら,祈りは,”清濁併吞”の物好きの
領域で浄化してゆく”角質異常(異化作用)”であって
そのままそれは,『業の泉』という,地球の働き。その,
祈りの対象となる,父と母,詰まり腹式呼吸のような
”それ”は,清濁併吞的な何かである。

昼は,明晰な頭脳の常識による姿で,
夜は,胃腸組織の,地球的な姿である。
ただ,もってPablo Casalsの無伴奏を聴くにあたって,
地球的な『業の泉』を体験できる由,試みては,
直ぐにCDの演奏は終わっている。何やかや,
食事を,皿洗いを,TVを消し,キーボードを,
そんな,直ぐにCDの演奏は終わっている。祈りは,
浄化の,消化の,胃腸組織の夜の作用で,地球的な
何かである,と気づいた時には,家に帰りたくなった。
いいや,その逆である,昼には,明晰な頭脳の,常識の
何かによって,外出によって,『業の泉』を見たい,
地球の働きを,である。まさしくも,地球の姿を,
清濁併吞的に見られるとしたなら,あとはどうなるか,
食事はすべて,祈りの目的となり,また,
衣服は何らかの,芸術的なファッションとなり,また,
椅子は,腹式呼吸の蓮座となる。腹式,というのは
父と母,『業の泉』とゆう地球の働きの,ミニチュアな
昼と夜,頭脳と胃腸,常識と地球,という何かの,
全ての,皮革ベルトや背筋のピンとした集中力と,
もって親い。腹式,とゆう清濁併吞的な何か。


健康問題アスペクト。

経済の基本となるものは,何か。
画弊交換の,ベーゴマ交換経済でもいい。
とにかくも,いろは歌の酔いもせず,より。
手がかじかんで,うまく頭の回転しない,
そんなときでも,支えてくれる,

「朝,または昼のご飯は食べませう。」

健康問題の根幹は,酔わないことより,
食べること,然る時間にというもの。
食べること,お昼か,または朝には。

食べること,目覚めていきるために。

画弊交換経済といって,貨幣経済を,
例えぬぐい去っても,自己実現,
充実感の何か,目標へ努力していたい,
そんな達成感指向は変わんない,対人
の,相手はヒューマンじゃなくっても,
例えば,歩いてバス停から帰る,達成感。


経済の低迷してくると,シャーマニズムの
ルネッサンス,経済は悪いものではないから,
市長や,教育などの,科学的精神が,現代の
シャーマンで,イズムに代わって,科学の
分析的発見の,中央的な役割を担ってる。
科学的精神は,朝か昼のご飯は食べる,って
明晰な科学性を支える,経済アスペクトは,
健康問題アスペクト。

自由の表現。

その,方法論としての『自由』は,
内面を,充実させて自由にすることで,
天衣無縫な程,充実感を自我に貯める事。

本来的な”自由”は,放心状態の眠気のなか,
お風呂の中で,布団に入って。夢うつつに,
垣間みる,おぼろげな”夢”そのもの。
”自由”は夢のなかで見る灯り。

貯蓄された表現の『自由』または,
放電された身体の”自由”などは,
夜のしじまにひたってしまえば,例えば
「悩みは,夕食を食べられたら無く。」って
ゆう,シンプルな答えに帰ってゆく。

シンプルな答えの「悩み」コトバ。

辛辣な表現は,本当に,ジンジャーや,
一味唐辛子など,辛口な食感そのもの。
ハーモニーの表現は,まったくスウィーツ。
不思議なことに,昼食の辛味はそんなに,
夕食後のスウィーツもそんなに求めない。
だから,目覚めの時の辛口は必要ない,など
夢見心地の,甘い言葉もあんまり要らない。
芸術は,思考する表現者にとっては,あまり
甘みや,スパイスを必要するなく,
芸術は,工芸家世界の舵取りを向かっていく。

普段より工芸を嗜む時間は非日常であるし,
ドライブの最中仮眠を取る時間もある意味は,
特殊なもの。夕暮時に,赤い空に跳んでゆけると,
目を瞑って,とんッ。とリズムを採るような思春期。
非日常な世界だぁって。その,形姿自体が謎の
映画みたいな体験をしている振りをして。その,
形姿は内実みえているわけでもなく,姿そのもの
の,思春期。

工芸の世界自体の思春期であると,失礼ながら
機織りなどかじってみて,そう思う。運筆も,また
画彩も。グラフィティである,珈琲,農業。なので
夢をみる自由と,工芸の自由は,ひとつであって。
夢みる非日常は,それを堅く真面目に,こっちの
ものにするのだ,自由の表現は,
真面目に工芸をする。そんな,ものなのだ。

イモ掘りBeast,

意味の世界に,投げ入れない。
”生活”は,生を要求しても,死などは,要求しない。
プログラムがあるとしたら,それは, ”リセットすること” だ。
神と自然と野獣と人間。このいくらか。
この世界は,元来なにも起こっちゃいない。 プログラム,直感も,0(ゼロ)だ。
クッキーのおいしさ解るつちのこ。
怒れちまった,ライオン。 ナッツ・チョコレート,フロランタン。
「怒り,というものに燻っていたけど。 最近愛してもいいんじゃないかって,」
おチャロ "BEN RED" 三四郎。

天然自然野獣。

”自然一体化”とはゆう。
結論言えば,結局田んぼに埋まってしまう
人生ならば,身体も自然の一部。業も,
Detoxも,出逢いも運命も自然の一部で,
全部,自然一体化。

とはいえ,『自然』とは地底都市でも
業の泉でも,神さまでも,野獣でも,
非常にワイルドで猛者なもので,怖い
恐ろしい,田んぼの人間にとっては,
豪者な『自然』Toughなのが,神さまでは
ないのかもしれない,けれど。自然は,
以上にToughで,強靭すぎる。

”自然一体化”とはゆう。
結論言えば,結局田んぼに埋まってしまう
人生ならば,身体も自然の一部。業も,
Detoxも,出逢いも運命も自然の一部で,
全部,自然一体化。

野獣な『自然』を,棲まわせてください許可の
その計画のために,野獣を神社に祭る様に,
住宅環境を揃えるために,昔から,神事は
機能してきた。神なき,時代『自然』は,
天然自然野獣。

”自然一体化”とはゆう。
結論言えば,結局田んぼに埋まってしまう
人生ならば,身体も自然の一部。業も,
Detoxも,出逢いも運命も自然の一部で,
全部,自然一体化。

腐れ縁,気色わるいは気味が好い,嫌いは
好きの裏返し,光源は,業の泉。
叶える前に,被虐。叶えた後は,絶望。
光りになっては,いけない。影のうまれる。

『行動実践は,詰まり婉曲に。』




際限レヴェル,

そうゆう感じで,ゆきましょう
ミルクに,紅茶と珈琲1:1。
あたりめ,珈琲,ミカン。
パジャマと,背広と,WOOL靴下に,
摩天楼掲げて,フレスコ揺れる。
そうゆう感じで,ゆきましょう
ゆきます,そうゆう感じで。山に雪が被っている。そんな,
雪の不可思議な。取り憑くよう
取り憑くなんて,雪に憑かれる。
不思議なことだけど,縞もない程
忙しいの,感受性の根本の,怠惰
そのものの,感受性。珈琲って,レモン汁,紅茶,も。
ウーロン茶も,ミルクも,豆乳も,
とにかくシナモンのような,香味
なら,すべてあうらしい。香味以外。
例えば,旨味,濃味,オイルは。など
香味以外は,詰まりは
「珈琲」には「香味」があう。そうゆう感じで,ゆきましょう
ミルクに,紅茶と珈琲1:1。
あたりめ,珈琲,ミカン。
パジャマと,背広と,WOOL靴下に,
摩天楼掲げて,フレスコ揺れる。
そうゆう感じで,ゆきましょう
ゆきます,そうゆう感じで。本当の,怠惰は感受性。
寝ているときほど,感受性。
自己治療は,感受性。
憑依体質,感受性。
狂いたい,感受性。それは,
もう珈琲には豆乳。

PCに,ほろ酔い。

ネット環境や,PCその全般に,可逆的に,酔う。むしろ,そんな ほろ酔い加減を最も楽しめそうな予感。 アルコールより,ネット酔いとは,正直 身体には良い。という,率直な感想だ。 酔いがさめた時の,その可逆性がむしろ, 絶対的に少ない。写真を,撮って水彩加工。 そうしてそれを,画像通貨などと称して, 昔の浮世絵さながら,クラウド・プリンティング。 銘うって,日夜刷る。現代的には, 写真,画像処理,クラウド登録,それだけの それだけで,何千枚も同じコードが刷れる。 これは普通のことのようでいて,かなり不屈。 不屈の名誉が頂けそうな気のする,画像刷り。
そんな,画像通貨発祥から,呟きつつ, クラウドプリンティング。の後少しずつ, 画像のコード進行,とやらに慣れてきた。 思考の画像化,とやらに到り着いた。そう, 画像の思考化,でもいいけれど,コード。 というコード進行は,いたるところ,画像。 リズム,メロディ,或いはフォントの中に 隠れている。天の岩戸を,叫ばれて久しいが, 岩戸を守る岩石があるとしたら,それは コードを掘削する要素たる,数学思考の ようなもので,音楽,被写体世界,宇宙,そんな 世界の秘密に,コードなる画像を与えられたら, 『デジタル絵画作品』の中にこそ,岩戸を放つ, 諸要素の含まれており,世界のウズメが, 数学のタジカラオに頼んで,画像の岩戸を, 開花させる。岩戸を開花させる画像刷り。 中から産まれた,天照は,永遠の恒久経済である。
ネット環境や,PCその全般に,可逆的に,酔う。むしろ,そんな ほろ酔い加減を最も楽しめそうな予感。 アルコールより,ネット酔いとは,正直 身体には良い。という,率直な感想だ。 酔いがさめた時の,その可逆性がむしろ, 絶対的に少ない。写真を,撮って水彩加工。
『システム融機。画像加工による画彩的手法。  人類の代表者の画幣を添えて。』なる,1文の 起草。
そうしてそれを,画像通貨などと称して, 昔の浮世絵さながら,クラウド・プリンティング。 銘うって,日夜刷る。現代的には, 写真,画像処理,クラウド登録,それだけの それだけで,何千枚も同じコードが刷れる。 これは普通のことのようでいて,かなり不屈。 不屈の名誉が頂けそうな気のする,画像刷り。


畳で騒ぐ,

最近,畳自体張り替えなくなった,
張り替えるとしても,フローリングに,
買ってきた,一枚畳を置き換えるだけ。
それでも,お炬燵といっしょで,
温かくて,懐かしい。
とっても和む。呑んでいるのはウーロン茶。
それから,チョコレートや,クロワッサン。
それでもその姿はいとおしい。何故だか,
緑茶や,あたりめや,ミカンではないけれど。
温かくて,懐かしい。
とっても和む。いろいろなことを思い出して,
和洋折衷のどれだけ賢いことか,頷く。
そのどれもが,フローリングにお炬燵でも,
それから,畳ではなくて,カーペットでも,
クロワッサンを頂く,あのウーロン茶の,
そうして,ナッツ・チョコレートの,粒々。
それぞれが,いとおしい。太宰治の,
どてら姿より,とっても粋な和装寄りの洋服。
ファッションに相克する,相反するその矛盾が
どれほど幸せに感じられるか。ウーロン茶,
かさねてお炬燵の上で,揺れる。あんまり,
騒がないで,と,炬燵部長,よくがたごと,
揺れる,あぁ忙しい。時間ない『ある,ある』。
人の飲み物や,インドア過ごすのに,
食べかけの所有者争いなど,寝床勝負にしたって,
権利権威などありはしないのだ。そうして
どうして,横になって,フローラルな香水など
着けたりもしている。
和洋折衷,わが幸福は畳で騒ぐ,話は戻って,
しかしまぁ,太宰の相克はほんとにすごかったのだと,
今更感じる。自分はどてらで演出してるので,むしろ
関係のないという体裁だけれど,あの数理的,
可逆に可能性包む,ジャポニスム翻る,肯定する
全否定的な,存在論ぼくらは,そこまで,多分。
その科学的思考やらはお炬燵半分身体を出して,
あんまりわかったつもりではないのだけど,
炬燵に組んでる脚のストレッチ感覚に捻る姿は,
彼れは科学的思考には出来ないだろう。そう。
むしろの畳で騒ぐ,やっぱりワイン片手なのだから,
相当に,幸せな事なのだ。
それでも,
お炬燵といっしょで,温かくて,懐かしい。

自己医療の確信。

何かに例えて,これから。
自己医療の,確信について
例えば,自己教育なんて,修行。
例えば,自己開発なんて,カラオケ。
例えば,自己抜歯なんて,衣替え。
そうして自己医療の確信,じっ,としている。

もうすぐ,夜が明けるなあ。,,
いっつも,外なんて,見てないじゃない。
そうだな,喉かわいたなぁ...
なんにも,考えてない癖に。う〜,
ふんふん,散歩でもゆこうかな,
あ〜,わたしもついてく〜!

何かに例えて,これから。
自己医療の,確信について
例えば,自己教育なんて,修行。
例えば,自己開発なんて,カラオケ。
例えば,自己抜歯なんて,衣替え。
そうして自己医療の確信,じっ,としている。

やってきた,コンビニ。にまって,
微笑みながら,ただの散歩でも,良い
けれど,アイスクリーム。欲しい,
お願い,ねだってるんだけれど。そう,
微笑みながら,ただの散歩でも,良い
けれど,夜歯みがきして寝る?あ〜,
もう朝か。朝活歯みがきしてる?いっつも。
そんなことが,言いたいんじゃ,
ないわ。ね,歩いてかえる,とすると,
歩きながら,たべる,帰り道。

何かに例えて,これから。
自己医療の,確信について
例えば,自己教育なんて,修行。
例えば,自己開発なんて,カラオケ。
例えば,自己抜歯なんて,衣替え。
そうして自己医療の確信,じっ,としている。

自己医療の確信,
じっ,としている。
食事,お風呂,寝室。
じっ,としている。
自己医療の確信,じっ,としている。
そうなんだ。実家では眠りの深い,のを。
そうゆう,自己医療の確信。眠りの深い。
そうゆう,
自己医療の確信,
じっ,としている。


オー・ソレミオ!

そうだね,紅葉は最も色づいたときの,
そうだね,珈琲をのみながら,寝てしまう。
そうだね,旅館で花火を見る,切なさ。
そうだね,肌寒い夜空に,一味の唐辛子。
そうだね,繰り返して,あくび。

普段から,マイナスに物をみる癖は,
マイナス自体のプラスになっているから,
透明に物をみる,澄んで眺めやる。
苦い珈琲の好きだと,いいながら。
お肉沢山ほしいと,叫びながら。
ソーダをたらふく呑んでみたい,呟きながら,
スパゲティも,和風が好き,それと。

そうだね,紅葉は最も色づいたときの,
そうだね,珈琲をのみながら,寝てしまう。
そうだね,旅館で花火を見る,切なさ。
そうだね,肌寒い夜空に,一味の唐辛子。
そうだね,繰り返して,あくび。

串に差して,楽しむ野菜は,バーベキューでも
七輪の楽しい。炭火でも,少し暖かい位
野菜を差すとしたら。トウモロコシ,ししとう。
トマトに,きゅうり。最近は,オードブル的な
洋食発想が多い。やっぱり,芯まで温まるように
七輪の楽しい。炭火でも,少し暖かい位
串に差して,楽しむ野菜は,バーベキューでも

そうだね,紅葉は最も色づいたときの,
そうだね,珈琲をのみながら,寝てしまう。
そうだね,旅館で花火を見る,切なさ。
そうだね,肌寒い夜空に,一味の唐辛子。
そうだね,繰り返して,あくび。

そうゆうことにしておいて,その
女性に産まれたら,赤いキャンドル。
男性に,生まれたら,白い蝋燭。その,
女性に産まれたら,柿のなます。
男性に,生まれたら,肉ゴボウ。そして,
白いキャンドル,柿のなます。
赤い蝋燭,肉ゴボウ。そのあと,
月にうまれたらば,すべてのお料理,
カタログにして,いつも全品,月の部屋に
揃えていたい。お揃いの記憶。
お揃いの,なで肩,鍋料理。月の記憶に,
遺して置たい。


左舷開襟。

そうゆうことにしておいて,
ミルクティー,つくろおっと。
お湯は,5,6分沸かしておいて,
お茶ッ葉,少しパラッと。沸かした
お湯に,混ぜ合うようにして,お茶を
淹れると,素朴ミルクをちょっと温めて,
先にお茶に,ブラウンシュガーをひとつまみ。
ぐるぐるぐるぐる,交ぜて,ミルク差す。
最後に濾して,ずっ,と啜る。

気持ちいいけど,後味の悪いものがある。
渋すぎる,カフェ・オレ。それから,
辛すぎる,角煮。(お醤油入れすぎたのかな。)
辛すぎる,塩ラーメン。(お塩入れすぎたのかな。)
レトルトのカレー。または,
渋すぎる,カフェ・オレ。でも,
気持ちいいことに変わりはないのだ。僕は,
優先して,そのグルメの恋心に跳び載ってゆく。

そうゆうことにしておいて,
ミルクティー,つくろおっと。
お湯は,5,6分沸かしておいて,
お茶ッ葉,少しパラッと。沸かした
お湯に,混ぜ合うようにして,お茶を
淹れると,素朴ミルクをちょっと温めて,
先にお茶に,ブラウンシュガーをひとつまみ。
ぐるぐるぐるぐる,交ぜて,ミルク差す。
最後に濾して,ずっ,と啜る。

気色好いものでないけど,愛すべき物事。
鬼の面のような,お風呂あがりの一時。
座禅ポーズの,石の上にも三年。
収穫時の,中腰に耐えられない目まい。
寝ながらも一夜を過ごす,炬燵の一晩。
気色好いものでないけど,愛すべき物事,そう。
できれば,気色わるい者をとこそ,出逢い,
創りたい,すべての豊かな創造物を,
『自然』,それが。

そうゆうことにしておいて,
ミルクティー,つくろおっと。
お湯は,5,6分沸かしておいて,
お茶ッ葉,少しパラッと。沸かした
お湯に,混ぜ合うようにして,お茶を
淹れると,素朴ミルクをちょっと温めて,
先にお茶に,ブラウンシュガーをひとつまみ。
ぐるぐるぐるぐる,交ぜて,ミルク差す。
最後に濾して,ずっ,と啜る。

コンサバティヴにして,
愉快で。
インタラクティヴにして,(双方向。)
真面目。
そうゆう者に,
わたしはなりたい。

雲のチーズケーキ,

猫が,雲のチーズケーキを
眺めている。そのうち,眠って
実際に心の中で,大好きなパンを,
かじって,眺めている,また,
猫が,雲のチーズケーキを

のんびり,
アラベスクの建っている,
雲の届きそうな,姿をして
そうして,雲のチーズケーキを
フォークのように,突き差してる
雲の届きそうな,姿をして
フォークのように,突き差してる

猫が,雲のチーズケーキを
眺めている。そのうち,眠って
実際に心の中で,大好きなパンを,
かじって,眺めている,また,
猫が,雲のチーズケーキを

ラーメン屋さんの軒下に
その猫は,椅子の上に座って,
”担々麺”の置き書きが,そのために
見えなくなって,今日の『日替わり』なのに,
誰も頼めなかった,僕もその1人
その猫は,椅子の上に座って,
その椅子の上には看板あるから,
”担々麺”の置き書きが,そのために

猫が,雲のチーズケーキを
眺めている。そのうち,眠って
実際に心の中で,大好きなパンを,
かじって,眺めている,また,
猫が,雲のチーズケーキを

僕は,うちに帰って,
醤油ラーメンの,レトルトに
粉チーズを掛ける癖を,
猫に見破られなかったのか,
心配になって,後ろを振り返る,
あ,窓の外には,
チーズケーキ
猫の見ていた,
チーズケーキ

返って,パンの
とろけるチーズのせて,
猫の食べてた,
心の中で,猫の食べてた,
心の中で。






SendUsCheese,

強くあらねば,なんて。
感情の波に,さらされて。
普段,感受性は大事にしまっているもの。
そんな”普通”が,感情の波に,
さらされて。

一種,荒唐無稽な会話のように,
チーズケーキ,贈ってくれ。って,
友だちに,連絡事項それだけ?って,
チーズだって,在庫難なんだから,って
反対に,説教されたりもして。
高級品だってのは,知ってるよ~,なんて。
そうだよ,牛の乳しぼるだけでも。うん,
どれだけ,の苦労か。って,
あぁ,じゃぁ牧草贈るから,逆に。牧草,
送れば問題ないでしょ?なんて,
牧草貰ってもなあ。う~ん,
真面目に答えて,
損した,お互いに,じゃぁな,
って。ゆうような,荒唐無稽な会話のように,

強くあらねば,なんて。
感情の波に,さらされて。
普段,感受性は大事にしまっているもの。
そんな”普通”が,感情の波に,
さらされて。

一種,何だか急に,涙こぼれる絵画。
何,なんなんだろう,これは,
牛?...いや,月だな,陽の光照る,
兎?...いや,微笑み,薄紅の頬の,
猿?...いや,神さまだ,神と獣の間。
そうだな,結局なにかは解からないけど
何か,好い絵だ。『尊敬する朝潮』。
うん良いタイトルだ。『尊敬する夕汐』も
良いだろう。いつも僕の中では皮肉が,
そう感じ考えているうちに,ひとつ,
一種,何だか急に,涙こぼれる絵画。

強くあらねば,なんて。
感情の波に,さらされて。
普段,感受性は大事にしまっているもの。
そんな”普通”が,感情の波に,
さらされて。

そうゆう普通に,僕はなりたい。
反発も,有限も,物書きにして。


人間性の壁,

冬の日のハートウォーミング。
早めに,お風呂に浸かって,
電気毛布の,お布団に入って。
星空と夜風の音を,聴く。
さながら,それがすべての
神経性の幸福であるように。

季節感は,季節から人間を護る,
人間性の壁。
角質は,神経毒から身体を守る,
人間性の壁。
スパゲティは,栄養から味覚をまもる,
人間性の壁。
やはり,快楽は,人間性の壁を通して,
まもられ,感じられる世界の秘薬。

シャンプーは,石鹸ではなく,
液体の石鹸シャンプーの方が勝手が良い。
さらに,田園ハーブなどの菜園で造られた
景色など見えてくる程。
寒いキッチンで,運動の後に,熱いデニッシュ
クロワッサン,甘いジャムなどの,厚い匂い,
バターなどの香ばしさと,冷えた空気に,
薄いカフェ・オレなど,尚更のこと。

香ばしさは,冷えた空気から,
バーチャル胃袋を守る,人間性の壁。

『冬の日のハートウォーミング。
早めに,お風呂に浸かって,
電気毛布の,お布団に入って。
星空と夜風の音を,聴く。
さながら,それがすべての
神経性の幸福であるように。』


言葉は,味。

清酒なども,ある程度
嫌気性の発酵がなければ,
旨くないと思う。
本物の潔癖性,なども
言葉には,ある程度
必要と,そう思う。
隠匿性ばかりでは,ない
とは思うけれども,言葉は,味。
好気性,雑食性,顕教性ばかりでは,
つまり,言葉は”意味”だけでは,
成立しない,と思うのだ。

かと言えば,僕自身まるで
好気性の菌類であるので,あって
家に独りで,篭っているときなども,
それは,それで雑食的に,顕教的な
生活ぶりをしていて,それでは,
『じゃぁ何処に,嫌気性の』?発酵の
過程があるのかと言えば,不思議な
ことに,それは潔癖な隠匿性は果たして
外の明るい極めて外気性の何らかから,
もたらされたのであった。

初めは,嫌気的なメディカル・ケアなどは
相当にして,『魔の山』ならぬ,辛かった。
発酵過程にある,などとは考えられない,
結果が,プロセス(過程)よりも全てだ。って,
好気的な発生スタンスは免れ得ない趣向で,
あぁ,そうか
『清酒なども,ある程度
嫌気性の発酵がなければ,
旨くないと思う。
本物の潔癖性,なども
言葉には,ある程度
必要と,そう思う。
隠匿性ばかりでは,ない
とは思うけれども,言葉は,味。
好気性,雑食性,顕教性ばかりでは,
つまり,言葉は”意味”だけでは,
成立しない,と思うのだ。』って,
そう感じるまで,
如何にサナトリウムを,
部屋において,
過ごしたか。

EveningTea,

お茶をぐびぐび,呑みながら,
当たっていない少し伸びた髭を,
触って,まだ醒めてる,
って実感する。自らの感性が,
生きてるかどうかっていう
証左は,どこにも見当たらない,
お茶をぐびぐび,呑みながら。例えば,道祖神の石像が,産まれる
ずっと前から,そこにあって,まだ
獣の親子のように,祖父母の時代から
ずっと,そこにいるような,そんな
田舎の片田舎の,とんでもない深い
情趣を漂わせてる,道祖神の,そこに。業というものがあれば,その泉に
浴するがごとく,遺跡地帯に漂う,
ある一定の情趣は隠しようもなく。
侍の出てくる,雪化粧の駕籠に被る
白の湿りのような,確かに小京都と
呼ばれるような,城下町や宿場町など,
古い街道には,業の泉など涌き出ている。堀辰雄の「木の十字架」などは,
朗読で聴いたりすると,著者自身は
ロマネスクなどと呼んだその情趣に,
格段の,情趣いわんや酒の肴のような
贅を尽くした,旨味を感じているかに
感じられ,祈りともつけがたい,何か
火消し櫓の,物見鉄塔とばかり言われる
一種の豪気さをさえ,漂わせずには
居られない。
叶える前に被虐,の境にみる,テーゼ。お茶をぐびぐび,呑みながら,
当たっていない少し伸びた髭を,
触って,まだ醒めてる,
って実感する。自らの感性が,
生きてるかどうかっていう
証左は,どこにも見当たらない,
お茶をぐびぐび,呑みながら。

世界の真実,

『自分が思っている世界は,本物だ。』
と,そう心から感じる時もある。

昨夜帰宅する前に,仮眠をとって,
家に帰ってから眠るのに,いい時間を
過ごした。うとうとしながら,何時の間にか
大事なことを憶い出せずに,眠って,
ふと,熟睡しきっていると,身体がうずく様に
目が覚めることがあるのだ。それは,
不審なある想いからなのだろうけれど,
そんな最中,その大事なことを憶い出せずに
いた自分の,記憶の扉みたいなものの,
開いた気がする,そんなことがある。
ひたすら,コリをほぐすように,身体を
ねじって曲げて,ゆっくり寝ているのだけど,

そんな時,
『自分が思っている世界は,本物だ。』
と,そう心から感じる時がある。

一瞬,眠りに落ちると,自分の寝室に
居るのに,階下からいないはずの誰かの
昇ってくる音がする。『軽いステップだ』,
驚きよりも,覚悟を決めて,決死隊の
気持ちで,寝起きの頭を起こす。
その時は,本当に寝起きのような,
重たさがあるし,確かに自分の寝室で
ある気はしているのだけれど,
どうも泥棒や,怪獣のようなものでは,
ないらしいのだ。その,こんな事は,
それ以前に一度だけあった。なぜか,
娘,らしい感じの女性なのだ,なぜか,
洋風の寝巻きの,十代くらいの女の子。
表情,顔の真正面から見たことはない。
けれど,なぜか出逢ったことのある気のする,

そんな時,
『自分が思っている世界は,本物だ。』
と,そう心から感じる時があるものだ,

不思議なことなのだけれど,彼女は
この土地の地霊(と,いう古めかしい言葉を使えば,)
なのかな。と,遺跡地帯のこの住居のあたりを
想う,『僕は,神さまと出逢っているのか。』なんて,
実に,不謹慎で,ポジティブな感想を持って,
目覚めて,翌朝の,お店の掃除をする。

『なぜだか世界の真実は,
怪奇現象でも,いとおしく可愛らしい感じのする』,
そんな不可思議な感情なのだった。

チャロチャロチャロ,

チャロチャロチャロ,
チャロフスキー。
チャロチャロチャロ,
ニャーチャロスキー,
お茶ろを頂く。
温かいおちゃ呂に頂く。
黄昏の日陰,
黄昏の青い南天。

あぐらをかいて,キーボード。
肌寒くても,鳥の声。
春物のセーターで,軽く。
不可思議もの静か。
そのさえずりに,相撲一番。
おこたにあたって,
そよ風一番。すごくもの静か。
いたって,風雅な風変わりな
季節の静かさ。尚,穏やか。

チャロチャロチャロ,
チャロフスキー。
チャロチャロチャロ,
ニャーチャロスキー,
お茶ろを頂く。
温かいおちゃ呂に頂く。
黄昏の日陰,
黄昏の青い南天。



お茶をのむ,

お茶をのむ,まどろみで,
お茶をのむ,陽は翳り具合の
お茶をのむ,まどろみの陽は翳る。

相当数,麦の粒々を沢山,
頬にほお張って,それから,
見事に美味い水分を啜りこんで,
また,雪に覆われた山岳。
翳りゆく昼間の黄昏に向かって,
南天の実が,もう収穫期だ,鳥の
姿になげかける,その色んな食材の
それぞれの生命に問いかけて
ああ,もう雪見のお雑煮の季節。
するすると呼んだ,お雑煮の千切れ雲
ながれる。しろうさぎの南天かがやく。
ニンジンを花形に切って,柚子と合う
なますの,馬籠宿に島崎藤村の墓を
心の中に太陽がのぼる,あのロマネスク。
島根津和野乙女峠に,哀しみの,
聖母あらわる,木造の椅子。
さあれ,と始まる竹山道雄訳の,
『若きウェルテルの悩み』,雅文に,
天主堂の思い尽くす。ああ,
さては果ては雅文,むしろその,
雅文,うらには少女の創造詩,
クリストは,浦辺の果ての,
雅文集,手に建て掛けて,宙に
諳んじる。
もうそこまで,頌春の御あいさつは,
待っていますよホトトギス。諳んじ
うらんじぐらんじの,そのままでまた,
祖父母の思ひ出。

お茶をのむ,まどろみで,
お茶をのむ,陽は翳り具合の
お茶をのむ,まどろみの陽は翳る。

人の姿は交遊会。

人の姿は,人間を受け入れられるか,
人の姿は,人間を受け入れられない,
人の姿は,そして
何でもない,人間を受け入れる。
人の姿は交遊会。
支えられる人間,
支え合う人間の,
支えてる人間。それは,正直
年功序列。

世代交代のうちに,
自然にできるもの。それは,正直
蕎麦も,ビールも
次第に強かに味の解かる。
無我の自身放任も,過去の理解,
自己受容にいたるまで。
包括的に大きな寛容さを,
包み込む激しい寛大さを,
農薬が,季節風が,雷鳴が,
なんの轟音を生むとしても,
果たしてそれが問題だろうか?
そいつは自分だ。変な自分を,
受け容れる。ノー・ボーダーとは
むろん,もう何にもないわけで。
変てこりん,微笑んで善い言葉。

人の姿は,人間を受け入れられるか,
人の姿は,人間を受け入れられない,
人の姿は,そして
何でもない,人間を受け入れる。
人の姿は交遊会。
支えられる人間,
支え合う人間の,
支えてる人間。それは,正直
年功序列。


自分が好き,

自分が好き,というのは
変なものが好き,ということである。
変てこりんなものなので,自分は
何もかも,頭の中も,胸の内も,
実践型かどうかなんて,よく知ってる。
クリスマス・ツリーが,何祭りにも
使える,とゆう非常にショッキングなネタ
にも,感じる自分は変てこりん,いや。
重ねて変な意味ではなくて,夏祭りにも,
カニ祭りにも,蕎麦まツリーにも。いやな
ことを言っているな,と思う。変てこりん
なのは,誰にとっても変てこりんだと,
知りすぎることは変てこりん。人間みな
変てこりん。それが,自分だ。
から,自分が好き,
モンスターでも,知りすぎでも,自分でも,
とにかく,変てこりんな,自分が好きだし
とにかく,なんでもないこと。
自分が,いるっていうこと。自分を知る,って
ゆうこと。
クリスマス・ツリーは,ツリー祭りだし,
スノウまツリー。だし,
とにかくも。


violet不可思議,

色々な,色々な感情,情趣,趣味が
いろんなものが僕らにはあるから,
結局,好きなものは好きで,仕様がない。
最近,虹をよく見かけるけれど,それで
高揚したり,逆に不安になるのより,
色彩が,色彩以上に,色彩に響いてきて,
致し方ない。
violetに特に良く惹かれる。最上部には,
ピンクの光っているけれど,その淡さは
夢見がちで,高貴な奔放さを匂わせるが,
情感的に,最底部の,あの深い,violet,
あのvioletに反感をなかば感じながら,
魅力というか,思慮ぶかさというか,
惹きつけられて,堪らない。今まで,
violetの僕の中にあるとは,感じられなかった,
今でも信じられない,そうして,思慮ぶかさは
語りかける。普段に,不断の考慮を以て,
森の雑感に,語りかける。好きなものは,
好きなもので,仕様がない。森の雑感とは,
それまで異質なものとして離れていた,
心理的な違和感そのものが,自分自身だった,
violetは,そのまま自分の現れだった。
好きなものは好きだし,いいものは,いい。
なんだ,めぐり巡って,自分自身は
モンスターであった。異質なものと,は
それ位に,異質であった。そうなので
モンスターは自分であって,何もフィルターや
観点視点の必要性はなかった。
肩の力を抜いて,肘の立て位置を変えて,
自分自身になってみる。理想は,ない。
わたしもあなたもない,あるのは,その
眼鏡のふたつレンズだけである。そうして,
シエスタ,銘打って,チャイティーを頂く。
何が起こってもいい。只,自分はいない。
眼鏡だけが居る。そのままで,いい。って
いうのは,期待も尊厳も,あくび1つで返す。
そうかぁ,あくび1つで良いのかぁ,
すぐに一瞬であくび1つで返す。


WOOL触り,

最近,WOOL素材の何がしかを
触れて,その意味を理解する。
もちろん,前向きに,である。
ドキュメンタリーを見ていると,
とつぜん,キーボードを打ちたくなる。
詰め込み過ぎた食洗機が,がたごと。

床拭き掃除は,食器クリーニング。
土地ではなく,お客さんのことを
想って拭く。ドキュメンタリーの,
空耳位の,小さな音で囁きながら
食洗機のがたごと。贅沢は,そんな
お掃除の時間に感じる,こんな。
クリーニングというのは,例えば
まるで,お風呂の時間。

がたごと,
一生懸命に音を鳴らしながらも,
皆々,すべてではなく,自分を,
クリーニングしている。俗に,
思いではなく,その物自体を,
存在性を,ロマンチシズムを,
意味それそのものを,表してる。
それで,意味そのものは,ふと,
振り返って,クリーニングの,
絶対的な快適さを顕している。
ほんの数十分,頑なに床を拭く,
食事をしながら,キーボードを,
食洗機の,がたごと。

Anatole Franceの朗読が,心地いいので
不安になっていた,眠り症を,
払拭してくれる,いい機会。
想いは,おもいのままでいると,
払拭してくれる誰かをのぞむ。
角質異常とは,同化異化の『異化』の
何ものでもないけれど,そういう異化を,
想いはのぞむ。頓挫停滞していると,
それが想いの良いとこなのだけれど,
眠り症に嵌入してしまう。常に,
ルーツを,探る。その以前に,
食事とともに,異化を促す。それは,
没頭している中にも,
熱中の冷や水,興味関心は,
瞑目となって,聖歌吟唱,また。
そのヨーロッパ美術への傾倒より
さらに,禁欲的にメディテーション。
呼吸などに集中しストイック。

最近,WOOL素材の何がしかを
触れて,その意味を理解する。
もちろん,前向きに,である。
ドキュメンタリーを見ていると,
とつぜん,キーボードを打ちたくなる。
詰め込み過ぎた食洗機が,がたごと。

祈りは,むろん通俗的に届く。


組織化の風。

芸術は,非凡の幕開け。非凡の
幕開けとあれば,ほろ酔いを生み,
ほろ酔いを生むとあれば,陶酔。
孤立さえ,生みかねない。陶酔,この
ヴァーチャルは,独りでゆきたいその,
インターネットは,認識をゆきたいその,
独り芸術は,組織化されなければだめだ。
竜馬が活きた,長崎の組織化の風。また,
これは,ヴァーチャルだからこそ出来た,
組織化の風。ルーツを,追い求める,
反骨の組織化の。終に,環境は反発する。
生まれもって,反骨にできているらしい。
組織化の風は,天然発泡ミネラル水と,角煮の,
異なる二対の表現の中で産まれるもの,
菜食と肉食,神秘と考現,ヴァーチャルと外食,
それぞれの脳内にはイマジネーションと,そして
またそれぞれの山岳には組織化の風の吹く。
山岳を描くのに,桃色を使用するあの心理。
はたまた,田んぼを表すには,やはり青。
凧を揚げるのに,イカだ,イカだ,とゆう風流な
文化も,ここかしこ。実際,”イカ焼き”と描いている,
屋台の筆文字に,タコの足を出されても,むしろ
わからないだろう。そう,やっぱり表現は,あの
イメージ主体の,それより,実体と本質の融合。
映画張りに,『君の本質は。』という,
質問をして,もちろん自問自答のなかで,
ああ,これが,本質だ。
サロメ―,暴君,ジャンヌダルクの夢をみて,
組織化の風が吹くように促す,フランス。
あのFranceといえども,
Anatole Franceは”良い夢をみたものだ”。
頷いて,風を吹かす,『組織化の風』。

歴史,腸活,保湿。

歴史自体が,介助する,
歴史自体の,尊厳を。
それは,腸内フローラ。
それは,哀切ダンディズム。
それは,角質異常。
数々の軌跡を重ね,それでも
壊さずにいた,
歴史自体が,介助する,
歴史自体の,尊厳を。
地球を,救うより,物を書かなきゃ,
これは,歴史が謳う,精一杯の
エスプリのようなもので,救うより,
というのは,その時点で救われてる,
歴史自体の,全肯定的諧謔性,
ソネットのペーソス。
謳うなら,そもそも平和でなきゃ,
そんな諧謔性のポジティブな
事を発生させるなら,ペーソスである,
というような。ざぁー,と降って,
さーぁ,と引く,この諧謔性。
さあ何処へゆこう,大変な皮肉へ!
終わらせるくらいなら,さあ皮肉へ。
もともと,目的は,叶える前から,
進歩する,進化性のポジティブな。
皮肉,もうイロニーは,喜劇か,
悲劇か。ドタマチックなドラマチックに,
たこ焼きに,天かす半分。青のり沢山。
ソースたっぷり。叶えたら,絶望する。
そのテーマは,叶える前に,被虐する。
哀切は,まかりなりにも,
にんまり,ふんわり大玉たこ焼き。
叶えたら,絶望する。
叶える前に,被虐する。
にこにこしてるのが,一番。
最後は,そうゆうこっちゃ。


ラベンダーチンキ,

世界を内に取り込む,と
言っても,世界を太宰治のように
太宰治の,世界そのもののように,
世界自体にはなれない。僕には,
理想が,ある。冬の日のcafeのような。
冬の日のcafeのような,理想にとっては,
つまり,世界自体には毛頭なれない訳だ。
それでもいつも,世界を取り込もうと,
ダウンロードまで行って,
インストールにはいたらない。
凍てついた氷の寒い1日に,cafeに寄る。
ふーふーと,熱いココアのむ。まだ,
外は寒いはずなのに,情緒は電気毛布。
背筋を,凍らす酷い天気だ,温まろう。
そう言って,寄ったcafeには,石油ストーブ。
できれば,温かいりんごパイでも欲しいな。
豆乳ココアの一緒に温まりたいな,見るみる
峠は越してゆく。寒さの峠は越してゆく。
ほっと安堵している時分には,寒さも
酷さも和らいで。そんな途中に,ラベンダー,
チンキにしてリカー漬けしていたのを,
憶い出す。皆々さまにはご苦労をお掛けしまして。
こちらは,3年もののラベンダーチンキで,
ございますが,どうぞご鞭撻の程,お納めください。
マーシマーシミー。ゲイの氷雨を聴くような気の
する,冬は何てロマンチックなんだろう。
とにかく頭は凍っていてもいいのだ。冬はそれを
許してくれる。頭部は暖まるより,凍っていたい。
変なこと,いうものだ,夏の間はそう感じていたであろう,
神さまたちが,もろ手を挙げて,ストーブの
周りに,集まってきた。

『ホットりんごパイ,豆乳ココアと,
ラベンダーチンキを,お土産に。』

世界は,太宰だ。
冬の煮炊きが,恐くなる位,
薪の燃えるにおい。
只し,
僕には,夢のある,冬の日のcafe。
そんな,堀辰雄の,ロマネスク。
僕には,夢のある,冬の日のcafe。

『ホットりんごパイ,豆乳ココアと,
ラベンダーチンキを,お土産に。』


根源性の視点,

斜めに構えて,世界を見てみると,
根源的な何かに近づいて行ける。
本当に根源的な何か,それは,
書棚に並べられた本から,
5冊,とりあえずは択んでみる,
その択ぶ,という行為そのもの,
であるような気のする,季節は
根源的に何かを伝えてくれる,
まどろみは,眠りの予感に,何か
を伝えてくれる。予感そのもの,
触れ合う袖,予感のそのもの自体に
何か根源的な息吹を感じたりする。
まどろみ,そうだね。まどろみこそ,
現代の根源性,何で珈琲を呑んで,
直前に呑んで,更に眠る,なんて趣味。
木の香りを嗅いで,その木刀を素振りする,
牛乳の匂いを撰んで,更に豆乳の常用。
神社は好き,と言いながらも,むしろ
cafeでラテを飲みながら,それが読書の
神社詣で,などと日本の初詣のような
習慣をにおわせる,
珈琲は,根源性の視点,例えば,月が
木星が,銀河の天の川やシリウスが,
そうして,ブラックホールの裏側や,
めぐり巡って自分の脳内は一番外側の
恒星のひとつ,というような。歴史が,
外側の星だから,見られる,
という現在的な視点ではなくて,むしろ
現在的な視点から,まどろみのお風呂上がりの
星屑に清冽な視点のほうが,根源性に親い
気がする,もちろんしらふ,ってゆうような。
しらふ,で根源的な視点ってゆう
そんなことでもないんだけれど,何とゆう,
こだわりの趣味に,食事ではない何か,
ないのかなぁ,眠りでもない,三大欲求以外の
その歴史そのものより,あのオムライスが
食べたい,食べたいというより食べたいという
夢をみることのような,夢みる運筆のような,
運筆で夢をみる。最近は,鉛筆で削る匂いより
夢をみるキーボード,飲みかけのジンジャーエールと,
デカフェのラテ,お茶を交互に見別けながら,
そんなに安眠を求める,過覚醒亢奮状態にいるのかぁ
など,夢みて想像したりする,
炬燵にはフリース素材が似合うなぁ。正直な,
所。

意気地と,珈琲。

テーブルの周りをまわりながら,
ミル挽きの手を回転させる。
途中,両ひざの間にはさんで,
一生懸命,回す。
例えば,発憤の
間で,珈琲は常に廻り続けてた。

木製バットを,木刀のように,
柏手を打つように,土下座するように,
珈琲をすすっている,タイミングの
御祈祷の,そのスタイルは常に変わらない,
例えば,発憤の間で,珈琲は常に
廻り続けてた。思うと,怒りの扉を,
開ける,BGMは,日本歌謡の幕開けを
香らせる,何かの黎明のようなもの,
として,ぼくのなかから,発憤する,
何かを,見出すとしたら。それは,30年以上,
歴史の中で,生まれる頃にも,値する,
全ての歴史の,発憤。歴史が現われてると
思うと,興味深いのは隠せないのだけど,
歴史が現われる,というのは,きりのない
表現を,手玉に取ろうとする上下の逆に
なっているような感覚で,膨大な何か,
情報なりを扱う時に,ひとつひとつに
着目して,どうしようもなくなるときに,
変わらず渦潮の中に巻き込まれている,
そのうち,気づかず,自らの渦潮になるよりも,
もう,何にもなっていない,なんでもないような,
何でもない感覚に陥っている,
思うに,渦潮コントロールといって,アリジゴク
になったら,そうなのか,アリジゴクって,
捕食者ではないか,捕食者って,
消費者としての無我。なんだかなぁ,
って溜め息をついて,怒りの扉に発憤している以外は
僕は,夢中散歩,海底に錨を降ろして佇んでる。

テーブルの周りをまわりながら,
ミル挽きの手を回転させる。
途中,両ひざの間にはさんで,
一生懸命,回す。
例えば,発憤の
間で,珈琲は常に廻り続けてた。

毒舌ホメオパシック,

毒舌にみる,
論評や,推論や,批定や,
数々の”辛辣な”分析学的
論評は,どういたって,言語
的には,予防医学的に,
健康そのもの,
毒舌ホメオパシック,
世界を支える,
論評は,
毒舌ホメオパシック,
まだまだ,
世界を支える,
批判は,
毒舌ホメオパシック,
どういたって。

健康そのもの。言語は,
毒舌ホメオパシックの,
壁をいたって軽やかに渡る,
トカゲ,なめくじ,まいまいの
相当な,無重力状態の直観,
したり顔に,バゲットを
かじって,
ヘーゼルナッツ・ペースト。
朝食に,かじりかじり。
黙々と,もぐもぐする。
あの,ウッディと,フローラル
な,ヘチマ水の香りの
ような。不可思議そうな,何か
言いたげな,そんな朝。



食物連鎖,

男女は融け合う。
ベーコン・レタス・ジャガイモ
トマト・サンド。地球上で,
数あまたある,生命生命
融け合う。ひとつに,
蕎麦の実は,擦り合う,
蕎麦クレープ,かけ蕎麦,盛り蕎麦。
種子は,蒔かれる以上に,
食される。地球は,繁茂する。
あらゆる意味で,
繁茂する,すりこぎにされる,
種子の実は,食される。
黄土の道をあるいていると,
ウコンのみずから,カレー粉に
融け合う。ウコンのみずから,
黄土の道すがら買い求める。
寝ずから,横になって,
追い求める,地球は,何か。
世界は,ひとつ。
居城が,あって。領土が,ある
人っこひとり,住んでいない。
居城が,あって。領土が,ある
あるのは,祈り人のブロンズ
水脈を辿って,あすこまで,
山の上の,蕎麦の実は,まだか。
或いは,種子とゆうカオスの
香りはまだ,実っていない,
ワンネスの未来を表している。
そんな,ワンネスの男女は融け合う。 ベーコン・レタス・ジャガイモ
トマト・サンド。地球上で,
数あまたある,生命生命
ひとつに,融け合う。


ヘロディヤ研究。

世界の中に,
種の目的は,
何かを,
ヘロディヤ研究の
一環として。

ネロの父が,
セネカを選出した。
アランソン公の,
ジャンヌに就いた。
フランスの,
セーヌの水瓶に映した。
世界の中に,
種の目的。

地球が,世界の目的。
樹々は,生い茂り,水脈は
たびたび業の泉を噴出する。
回廊のように,ひとの手に,
月の,運航に合わせて,
魚の踊る。チャーター便の
あるとしたら,
地球が,世界の目的。

限界まで,物質を生命に,
或いは,生命を,システムに
また,生活を,働きに。
車輪と,蓮華と,チャクラ。
めぐる世界の源泉は,
風車小屋便り。
水車小屋便り。
水瓶に映した,
セーヌの輝き。
もう,強かに鐘の鳴る。
そんな朝の瞬間。


メモの嘘,

ありのままで,良い。
何かを変えようと,するより,
自然一体化で,良い。
元来,嘘というのは,
メモにするのに,怠って,
メモをするのに,忘れた,
怠惰の罪だったのでは,
なんて思う,嘘=怠惰の罪。
ですから,怠惰というのは
べきを,怠った罪のことではない,
忘れた,の事。ああ,あの事,
忘却=怠惰=嘘。

ありのままで,良い。
何かを変えようと,するより,
自然一体化で,良い。
怠惰なのは,種の姿。
カオスなそのものである,
種の中は,全てを記憶している,
カオスなそのものである,
種の姿は,その絶対知性に比して
常にジッとして動かない,
カオスなそのものである。
絶対知性とは,また
真空のようなもの。絶対知性の
真空管は,アーカーシャの
絶対ラジオである。
怠惰で,カオスで,知的で,
常におしゃべりしている,そんな
種の姿,内実,本質などは,
全く,嘘に親い。うまく,言えない
けれど,メモの嘘,のようなもので,
ある。


タイミング,

詩や,ファンタジーの中に,
論理や,悟性的なものを,
持ち込むのは,なし。
茫洋として,常に,
そう思うのだけれど。
何事も,肝要なのは,
タイミング,タイミングの
一語に尽きる,と。
そう思うのだけれど。
意志や,思考の強さが叫ばれた
のは,昨今。省かれた機能美などの
簡明さの謳われたのは,昨今。
どんなに,お喋りでも,タイミングさえ,
合っていればOKだと言われる現在。
冗長で,歓談であり,無我の境地に
お弁当携えて,おコタツで寝てしまう,
寒くって,お手洗いにゆきたくて
目を覚ます,冷え冷えの朝,ああ。
気付いたら,今日は,お休みのような。
その,何よりも
5分ずつの二度寝三度寝の如何に
タイミング重要な朝な事か。
お風呂に入って目を覚ますことにしよう。
できれば,お茶もかぶりたいくらい,
朝の出勤にはお帽子の要るようになった,
頃の,
タイミングは目覚しい,
夜明けの陽の鳴る轟き。


胃袋ヴァーチャル,

胃袋ヴァーチャル,欲は
お腹の中に,しまっておいて。
胃袋ヴァーチャルの他は
諦念,行為するより恍惚の人。

何かをしまっておく,と
いうのは諦念の
他の何者でもない,
行為しない,溜息の,ない
お腹の中に
幸福をため込んで,ふと,
洩らす幸福の嘆息。その
他に,何も要らない。

胃袋ヴァーチャルは,
幸せへの意志。
無意志への意志。
嘆息への意志。
幸福は,
食べて寝たら牛になる,
胃袋ヴァーチャルへの意志。


外食vs.ヴァーチャル。

珈琲と,バウムクーヘン頂いて
帰る,月の出の夜。

ヴァーチャル・ツアーの叫ばれて昨今,
実際に,胃袋は満たされない,例え
痛感する。

胃袋を満たすには,詰まり
人類が産まれ以て持った,
ヴァーチャルとは,身体中の
胃袋,だったわけだけれど,
デート,危機管理,ドライブ,
それらのすべての中で,
活かすことのできる直感力は
外食センサーである。から,
絶対にヴァーチャルの波は,
淘汰されるもの事柄を発生させる,その
中で,外食センサーから産まれる
外食産業,健康医学,胃袋ヴァーチャルの
どんな過程でその淘汰と闘うか。
見物どころではない,胃袋ヴァーチャルの
食に対する,執着そのものであるようなかつての
夜食王である僕の,グルメは
ヴァーチャルにまさる,発明文化であるのだろうか,と。
健康にまさる,はたして健康とは

ヴァーチャルによって,
外食センサーの削がれることがあるとして。
健康を町場共同体が,産むとしても。
外食vs.ヴァーチャル。
健康を町場共同体が,産むとしても。
長崎ちゃんぽんのように,
竜馬のちゃんぽん思想に,
刀ではなく,貿易に活きた剣士の
人生に見直される機会は
ある気がする。

アナトール・フランスフリークであるのは,
否めない,否めないけれど。
八つ橋に,ニッケの香りが抜きにすることなど
出来ない,というコダワリのような,
ちゃんぽん思想を,外食vs.ヴァーチャル。

真実,

夜明けに寝苦しくて,
お茶を1リットル呑む,
ゴクリ,ごくり。対等に。
対等に,世界と談笑するのには。
笑いと共に,気配りの必要だ,それは
真実,笑顔は世界と共にあるという,
コミュニケーションは,私と世界の
世界に中心の,あるというの
を,私は世界と,話してる,の
私主体ではなく,あなたという,
世界は中心である,
会話する真実。
ジッドゥ・クリシュナムルティは
ジッと目を見開いて会話したという。
シモーヌ・ヴェーユはまた
隣人愛とは,傷だらけの王に
あなたの苦しみは何ですか
と,ただ訊くことだと言う。
果たして,目的は何なのか,人は
会話の目的は何なのかを,尋ねる。

談笑するのみ。
真実は,
人の世に並々ならぬ努力のある時,
ふ,と。訪れる幸せは
談笑するのみ。
諧謔でもダンディズム哀切でもない,
談笑するのみ。お酒を呑む,
話す。感謝する,
談笑するのみ。
笑顔は目的はないにしても
幸福への意思そのもの。また,
シモーヌ・ヴェーユは言う。
(よく読んだな,中学生の頃。)
愛は,それのみで価値があるのではなく,
愛は,目的ではない方向性であると。

まったく,夜火照って。
お茶を呑むまで
傷だらけの王になった夢をみた。
それが私の意思なのだから,
ペシミズムと意志と表象を生きるしか,
ないのだけど,
何にしても,愛の方向としての
幸福への意思そのものという,
笑顔は,真実は,変わりない。
お茶を1リットル呑む夜に,
何で喉渇くのだろう?

首を傾げて,
また苦しみの夜は。
傷だらけの王に,
あなたの存在意義を
問いたい。なぜ?あなたは
そこに居るの?
と,不思議と自問する,
隣人愛。
またの名を,
自己愛。自己憐憫は,哲学
する,自己愛は
空っぽになる。

恒久平和のために。


我に還る,

町場感覚で,
婉曲点から,
ふと,我に還る。

心理的な婉曲点より,
むしろ,身体的な
無理くりな婉曲点,
親知らずが,抜けるそんな
乖離感に苛まれて。むしろ,
そんな乖離婉曲感に連れて
遊説してしまおう。
咳込む。背筋をのばし。
演説する,と。婉曲点
より。

町場感覚で,
婉曲点から,
ふと,我に還る。
月に帰るのは何時から。
そんな,期待を含む,
婉曲点は,
町場感覚から,
濃い珈琲を吞んで
囁く,
すすきのさえずり。

眠りの地点に,
不時着する。


工業熱,

最近,工業熱が高い,
ANAのノベルティ・ボールペンが
分解されてしまった,というので,
バネと,たった2つの部品を,キャップと,
併せて睨み合って,半時間。
AGFの珈琲と,JWTのお茶が,つとに
美味い。達成感,最初は部品が足りないのでは,
終始睨めっこ。最後まで半信半疑だったのが,
AGFの珈琲と,JWTのお茶が,つとに
美味い。工業熱が高い,今までは,
布でさえも工業的な,などと疑いの
気持ちを顕して,半信半疑だったのが,
工業熱が高い,破壊というものは,それぞれ
人間の中でも,怒りや感情として
自然の中でも,大地や山岳として
文化の中でも,陶酔と喜劇として,また
悲劇として。
工業熱が高い,というのは神界の
破壊のあるとしたら,そういう神界の
破壊作用,客観性,第三者的観点の
消化作用,つとに再生の分野を目指す
ものとして,祠やご神体もむしろ,芸術の
文化作用としては,破壊再生性だ。
工業熱や,感情や,山岳や,喜劇が
神社も含む同等性のものとして,
破壊の熱作用。むしろ果たしては,
再生の浄化作用とでも言うのか,その
息を衝くような,シヴァ神とは良く言ったものだな。
神社もそうゆうものなのだけれど,神の本質を,
そうゆう破壊と再生の第一神として置く,あの
ヒンディーの英知語り部には,正直舌を巻く,
そんなに長い舌は,ありませんが,饒舌な,
とゆうより,もう歴史の中にその,破壊と再生,
シヴァ神の姿を,チョモランマなどとかさね,
工業熱が高い,を記している。そんな,ANA
のボールペンが直ったことに,感銘を受けて。
作り置きの珈琲を,自分の手でのもう。

チーズ以外豆乳グラタン。

豆乳フジッリ,

ⅰ,かにかま,ツナ缶*1,しめじ,豆乳半パック,玉ねぎ,
   ナンプラー少量,オリーブ油,ニンニク一片,
   黒コショウなど,用意する。

ⅱ,刻みニンニク,玉ねぎみじん切り適量を,オリーブ油で,
  炒めながら,かにかまをツナ缶と加え,ナンプラー追加。
  少し経ったら,しめじを散らし,追加し炒め,
  豆乳を加えて,ひと煮立ち。
  適宜,黒コショウを。

ⅲ,フジッリを,茹でて,豆乳ソースに。

  加えて,ふと,

 気づく。『ホワイトソースみたいだ。』。

 粉チーズを加えて,
 容器に入れて焼いてみる。

 チーズ以外豆乳グラタンだ。

 独りでグラタンの作り方を共有できて,
 まるでクリスマス・ギフトを頂いたみたい。

 グリルで,12分。

AnatoleFrance,

浴室にあらわれたヨハネの首,
罪の呵責に,ヘロディヤの記憶。
小豆枕の上で,あらわれた芥川の微笑み,
彼は,もう地獄ではなく,サマーランド。
宇宙の基地は規模新たにして,宇宙の
エア・キーボード。規模新たにして,
宇宙のエアキーボード。

家康公は,恵比寿さんの顔を,
しながらさながらの,
AnatoleFrance詣で。ヘロディヤ
の,蔭には彼の美しさをみる,
ヘロデ・アンティパスの影。

確かに,星を廻る面持ちの
ヘロデとヘロディヤ。
太陽と月のレリーフ。季節は
昼と夜をモチーフに繰り返し,
ヘロディヤ,野獣の陰に怯えながら。
世界を救いたい,すくいたいのならば,
岩を砕くことだ,ヘロディヤは
岩を砕きたいのだ,無理にとは
言わないけれど,すくいたいのならば,
AnatoleFrance,

一心不乱に,当帰する,新雪は椿。
積み木の一生不乱に,
組み木細工を臨む。

AnatoleFrance,Nero父,ジャンヌ朋輩,
ヘロディヤの
宇宙基地に臨むのなら,岩を呑み込む
気概の大きさを以て,豆乳クリームの,
フジッリパスタ。気概の大きさを以て,
豆乳クリームの,フジッリパスタ。

バジル,黒胡椒の薬味。
加えても,よし,
そんな,AnatoleFranceと
ヘロディヤの豆乳クリーム・パスタ,
晩餐会に持って行き,素敵な
帽子を頂いて。

AnatoleFrance, そうゆう
その位は,程度のほどこそ,
あれども,豆乳パスタを,
つくるくらいは,
晩餐会に持って行き,
美味しいカレーを,
頂いて。帰る夜に,
シリアスな声ささやく,
豆乳パスタには,スープ代わり,
明太子かいわれスパゲティ。
帰る夜に,
シリアスな声ささやく,
真剣な,スターダスト。
ヤギ乳チーズマフィン,
黒ごまペーストも,添えて,
シリアスな声ささやく,
星月夜に,
ダイヤモンド・ダスト,
帰る夜に。


BalladsSlowlifely,

imageはゆたかに,
slowlifely.
水辺にたたずんで,
水浴をした蟹や,イモリの。
想像して,果てしない
森の蔭。
存在の秘密は,それぞれ
転生の秘密も,それぞれ
神さまと,もののけ。
存在の秘密は,それぞれ
転生の秘密も,それぞれ
僕らは,もののけであり,
神さまであり。
deer,想像して,その干し肉には,
数々の木の実や,新緑や,樹皮や,
cloud,imagine,想像してごらん,
数々の霧の粒子のなかには,
感情や,心情や,骨肉満ちる。
戦争のある世の中,
食事する,人々の
アーチの建築様式,さまざま
祈りの数々,願掛けの仕掛け,
大事なのは,手を合わせる。
こだわり,執着,眉間に皺寄せ,
大事なのは,こだわり,執着,眉間に皺寄せ,
大事なのは,根幹は,そこ。
あらゆる感情の粒子。
さまざまな,根幹は,そこ。
さまざまな感情の粒子。
大事なのは,根幹は,そこ。
平和は,こだわりの根拠。
そうだね,泣き笑い,
天気雨のような,cloud,
もうすぐ,五月晴れすぐに
真冬も明けるだろう,
さまざまな,根幹は,そこ。
紅葉おろしとお雑煮。
しゅるり,しゅるり,
想像の世界は晴れる。
しゅるり,しゅるり,
さまざまな,根幹は,そこ。

婉曲点,

人には,
婉曲点,とゆうものが,
存在する。
求めない,欲さない,
追及しない。
希求しない,執着しない,
とゆう点。一気に解ける。
そんな,婉曲点。
一生懸命に,洗濯ものを
干していた。

すると,終わった時,
お茶をのみたくなる。
こんな,
希求しない,
婉曲点。

足を組む,
背筋のばす,
お茶をのむ。

三色そぼろに,
桃色でんぶ,卵,
大豆ミート。
加えて,4色目に
抹茶でんぶも,
中央に。それは
婉曲点,

一気に解ける,
のは,婉曲点,
追求しない。


怒りの扉,

シルディサイのマントーラ。
怒りの扉を,開ける。
次第に,飲みかけの,
デカフェドリップ欲しくなって,
本当に扉を開けて,隣の部屋へ,
行こうとするも,身体は寝てた。
頭は,意識自体活動中で,
24hrOpen,というのは本当だから,
扉を開けて,珈琲のみたいな。
光りの扉と,怒りの扉,
エイチはあってもなくっても。
こんなことを考えていたら,
動けそうなのだから,器を,
大事に,ペットみたいに,
階下に洗いにゆく。器を,
飼い主のように,あつかう。
そんな感情はじめてだ。
光りの扉と,怒りの扉,
エイチはあってもなくっても。
意識自体活動中なのは,
本当の意味で,サイマントーラ。
転生があるとしたら,ファン,って意味で
僕は,太宰ではなくて,アナトール・フランス
だと,思っているのだけど,憧れは,
太宰のアフォリズム。あんな憧れの
名言たてつづけにかけたら素晴らしいなぁ。
デカフェの珈琲って,ゆっくり淹れたら,
冷めてもチョコレイトみたいだな,
こんな,扉。


鉄鍋,

直観形式に頼らなくなった,
直截の私自身。

鉄鍋は経年変化ののち,
錆びない。

お茶を,眠前に,
1リットル呑む。

花の香り,
たくましく,
アナトール・フランスに,
帰依する。

珈琲と,
紅茶のインヨン茶,
もうすぐ,就寝の
半無意識に。


眼横鼻直珈琲。

かたや,
僕自身は親知らず珈琲であり,何か
背中をさする,そのままで何か
シビア蛸の燻製をいただく。
珈琲を淹れているときの,無心さ。
そのままで,天界飛翔をしている。
側頭葉の右手側には,ヒステリー。
それらヒステリクス純粋さを,蕎麦の
花蜜を吸うように,デカデカと掲げて,
白い獅子が,青白い炎を挙げて,また
婉曲の遠回りしながら,現実回避。珈琲は,
遠まわしがいちばんだ,とにかくも,
現実回避は,何か中心点は欲しくて,
中心点は取ることはできない,
ともかく,欲しくないのかもしれない。
中心点は喜び嬉しさかと思いきや,
欲しいのは,笑いであり,切なさであり,恋,
太宰のような言い方だけど,婉曲的な
諦念の発着点,切なさから笑いと恋であり,
中心点に加えて,諦めの位置,
咳込む二の腕当たりの微笑みは,
蛸の燻製を咥え込む,緑茶のような。
遠まわしに,婉曲点に,切なさからの,
出発点。親知らず珈琲は,
眼横鼻直珈琲に,すべからくは
自分は珈琲を淹れる時
笑いを求めて,遠まわしに
切ない諦めばっかり,
仏さまになりたい,そんな
婉曲な微笑みを
浮かべながら無意識。

アナトール・フランス。

地球を,救うより物を書かなきゃ。
それは,地球にみずからなる,って。
2と5,恋と離別,普遍と悪,
両の手。手の平裏返す。そのうち,
忘我の告白は,マラルメのエゴ批定に,
裏返しエゴをわすれた。そのうち,
言語の感覚,音は意味に替わる。
地球を空っぽにする,また無意味にする,
その『意味』は,やっぱりインドカリー。
無念無想と,論ずる禅宗の問答は,
時宗の上人,遊行してあすこまで,
行っていたのだな。無念無想。
河童に白子玉とらせる,芥川の論争は,
TAMAGOの発想。神職の方は,
たまご食べないというのは,卵が神。
空っぽのその姿は,種のカオスとゆうよりも,
空っぽの宇宙なのだ,そうして,
アナトール・フランスの方向性は,
地球を空っぽにして,もの生み出す,
TAMAGO宇宙空っぽにしよう。そういう,
無念無想発想なのだ。R.シュタイナーと,
犬猿というのは,フレンチとジャーマン,とゆう
そうゆうことなのね,内実は無想より,
忘れるより,憶えていようとゆうのは,
空っぽのエゴになれば,虚空化して,
宇宙化する。


杉よりも樫,

TAMAGOだ,たまご。
TAMAGOという神秘性。
神秘性は杉ではなく樫,
神さまは,TAMAGO。

ムーランルージュなどの,あの境遇。
骨肉たくましく,踊りまくる,深夜に
常に,絵筆をはしらす,ムーランルージュ。

踊り子というのはTAMAGO。
TAMAGOはしらすムーランルージュ。
月並みに絵筆をはしらすのは,
ストイックにではなくって,
安定して,夜なべを,
過ごしたいがため,

また,
甘酒を呑む。何が,とはいえ
アナトール・フランス時代の,
アカデミー・フランセーズが,
いちばん良い。ペン・クラブと,
TAMAGO酒すすむ,あの
アカデミー・フランセーズ。

エーテル拾い。

Grounding,エーテル拾いそれは。
感受性の豊かさは,拾っている,
感受性の豊かさは,イメージ,
感受性は,感受性の豊かさ。

ごみ拾いをしたような,気持ちで
厳密に,難しい言い方なのだけれど
感受性,感受性自体を拾ってみる,
そのエーテル拾い。

自分は何処にいるのか,
私自身というもの,
拾ってみる,そこかしこに
拾ってみる,感受性の
豊かなごみ拾いのように,
拾ってみる,エーテル拾い。

ただの,只事。

つねにお風呂上がりで居られるわけじゃない。
できればそのまま眠ってしまう時も欲しいけど,
Birthday Songを探していて,Groundingすることも,
たまにはあるのだ。

そうやって,晴れの日の一部始終を眺める裡に,
Groundingとは,そもそも一般的な中華大衆食堂の,
ラーメンと,半チャーハンの餃子タレ付き,冷水の。
何か,オシャレの一言のもとに,何か忘れていたはずだ。

自分,というもの。自然の中には,樹々が生える。
ぼか,っと風穴の開いていたよう。
ただの,只事。劇団のHAPPY BIRTHDAY公演を,
聴いていて,内と外の境界はなく,ただの,只事。
オシャレの中には,生きる術は残らない,只事ならぬ
そんな表情を浮かべて,一言呟いてみる

ただの,只事。

辞泉講釈,

太陽よりも,月でしょ。
太陽よりも,
何故?月よりも,
っていうより,
ましてや,涼しげな,
夜に啄む,静かな
小鳥の物音
は,辞泉講釈,また。

ふんだんに覆い尽くした,
でんぶや,卵のそぼろなどを,
内側の,アナゴの刻んだのや,
干しシイタケの戻したのや,
干ぴょうの甘い,
にたにた,
けたけた
今日は、誕生日だと思うと,
自分のじゃなくっても,
にたにた,
けたけた。
寿司も,ちらしも,甘党だ。

優しさは,TAMAGO。
TAMAGOを裡に宿す,
喘息,アレルギー,不眠。
便秘,消化不良,イライラ。
優しさは,TAMAGO。
TAMAGOを裡に宿す,
そんな疾病症候群のすべて,
あれらは,体現さる
優しさ。本当は,傾げたくない。
首だって,優しさには敗ける。

箴言集,

金言とか,警句。
また,アフォリズムと言われる,
様々の,箴言を,屁理屈ながら。
こそこそと,裾をしまい終わる,
シャツのボタンを締め終わる,
子いなりずしを結ぶ。月の出る,
城下町に,風習として座敷わらしなどの,
友達感覚の習俗があるのを,名物の
和菓子や,子いなりずしを頂いて,
賛美する,山の頂には,月の出。

お酒を呑む日も,のまない日も,
沿道には水が流れているし,小鳥が
バシャバシャと,水浴しているような
ちよちよ,という呼声だって
聴こえない事もない,夕食は,
そう聞かれて,もう甘い寿司はいいや,
とか,少したたきみたいなものを,
お酒と合う,合わないは別として,
薬味のたっぷり付いた食品を,
例えば,カツオのたたき,釜揚げ,
冷ややっこ,天ぷら,
ああ,そこまでいえば,

トムヤムクン,そうだね
パッタイと,トムヤム麺なんか,
作ってくれる,おいしい。
どこか,
そうだなぁ。箴言集,ゆう
お店,ありますよ。
狐コンコン,タイパッタイ,
頂に,月の出。

オ・レー,

半々に,
フィフティー・フィフティーに。
ビブーティー・ビブーティーに。
タン・シチュー想いながら。
ビーフシテュー感じながら,その
都市計画というのは。また,
工芸のミクロ思考の,
そして,みずち舞う泉の
畔。その中の,またその,
ロマネスクーは,オ・レー。

パンジーの挿絵を,
描いて,誕生日に
渡す,現代の都市計画は,
その田園風景。水の都,
泉に浴する心地よい,噴水の
調べ絶え間なく,あたりめかじる,
オ・レー。オ・レー,そんな。
おむすびかじる,商店街の寺町,
裏通り,町の風景,また通り過ぎる。
不可思議なのは,眼鏡の外した,
笑顔みずからの,それには,
認める,みずちの泉。

下町情緒は,和食の,
おもてなし。通り道に,龍脈。
走る,はしる通俗の文化には
酒蔵も,桜並木も,城跡も,
皆,甘酒を嗜む,風流は
陽炎の出てくる,猫の
嫌いは,物好きの現れ。
人間の少年イズム,
また,そう。甘酒は,
冷やした先に呑む。

イエ・イエ。

思考と,実質。
認識&,行為それから
人間と自然の,切り離されなければならないの,
オシャレな,内と外の境界。
食事と排泄のある,ヨーガ内臓体操の
はたして,
オシャレは本当は,イエ・イエ。
ダバ・ダバしながら,統合。
本当は,勢いにまかせて行動するのを,
善しとするのさ,オシャレなの
そのオシャレなのに影響されず。
本当のオシャレを求め,イエ・イエ。

例えば,ライオンが食しているのは,
八朔の,あのつぶつぶとした,
オシャレな苦味と,香りと,におい
吹くと,種の粒つぶ。
プ,プ,プ,プ。
オシャレな,イエ・イエ。
統合という,イエ・イエは,
まだ,実りきらない柑橘の
若木の上にだって漂流。
もうすぐ,話を始めるだけで,
種の粒つぶが吹かれる,
オシャレな,イエ・イエ。
もうすぐ,話を始めるだけで,
種の粒つぶが吹かれる,
オシャレな,イエ・イエ。

諧謔と不安,

思いのまま,に。
バンジー・ジャンプをしてる映像,
見ながらもののけを,眺める眼を,
追憶しながら,プラムと柿の,
スムージーに,梨の実を加えた時の
酸味や,甘味おもいながら,
何故だか,あたりめなど,欲しくなる,
インドアの境外に,プラム,梨のまた,
柿の樹をおもいながら,
南天の実を啄む,小鳥の身になってみる,

そういう,不安の中に,ほくすくす,
えみをこぼす,インドアの境外には,
梨のプラムの柿の渋味あり,と
南天の実を啄む,小鳥の不可思議そうな
さえずり。


存在の倒立,

たゆまぬ水の流れに,
嘆息を洩らしつつ,
カレーパンを
かじる,月のでる。で,カレーパンをかじるのは
いいのだけど,腑に落ちない。
から,月に聞いてみる。水は,
と,よく取った方がいい。
と,月の答える。みんな,では
ないけど,ここは月の海も,実際。
クレーターで,海ではないし,
さながら,テレビでリゾート・ホテルの
プール遊びをみるような,
ヴェニスに死す,のあの概念は,
死ではなく,恍惚であった,
月の海も,実際。クレーターで,
海ではないし。

ジャンル別,

自分の神さまを乗り歩いてる。
ジャンル別に,乗り歩いている。
バリ,リゾート。
シルクロード,天竺よりの,
修道院,聖母信仰の,
ヨーロッパ美術の深夜特急の,
そうして,山間の竹林の
ジャンル別に,乗り歩いている。
自分の神さまを乗り歩いてる。ドイツ,日本。チベットの
どうしても,あのシナモンの
改源をのんだ時の,感想。
石窟寺院,敦煌,激辛・煌々に
どうやって想いを届けよう,
祈り・瞑想・座禅などは,
周囲の喧騒がないがための,
得意なのだ。そう,タカを括って,
竹材の耳掻きなど,取り出し
嘆息を洩す。

激辛趣味,

胃腸は,旅を重ねる練り飴のよう。
胃腸が考えるのは,旅することばかり,
胃腸が意図しているのは,ツアーの内容
ばかり。だから,激辛趣味。他者に厳しくしたくない。から,
激辛趣味。自苦八苦というのも激辛趣味,下しては
身も心もやつれるので,ヨーグルト甘いの。どーぞ,

要する,誰かに当たりたくないから,
自分に厳しくするのは,幸せの瞬間。ですが,
向上心,希望。そんなのでも,ないような。
自分に厳しく,はてなあ。
激辛趣味?

枯れてゆくのではなく,
カレーてゆく,ような。
ヨギ・カレーゆく・激辛趣味。

とにかく,水分を取りつつ,
月の海を,思う。

アポロ十八番。

月から,帰ってきなきゃ,この。そうだな
真理は,無であるなんて言っていても。
果実酵素が,無沈殿素であるような,
実りとは,無への回帰であるような,
無とは,実りへ到る,
の要素のような。

だから,仏教各寺は,あんな抹香の
匂いを漂わせてるんだ。
実りだか,無だかの,わからない。
お線香の香りが,あんなに
高音の,飛んでるような匂いを,
させてる。そんな,無の実りを
漂わせる各寺の,何が,
悟り,かく覚えること,なのだろうか,
階段を見上げること?見下ろす夢の?
落ち葉焚き?抹香よりも高い?
シャチホコ,狛犬。
あれらは尖塔?
そうだなぁ。

厳しさ,を月から帰る浦島さん。
厳しさを,嫌って月のぼる
返って,厳しくなる。

反り返って,月へとのぼる
鯉の姿。

やっぱり厳しいのは嫌だなあ

厳しさに,足りないのは
アポロ十八番。

相似点,ⅱ

忘れる,自分は,相似点。握りずしを食べている,相似点。
実際には,子いなりずしを,頂いてる。業の煮炊きがあるように,
そういう風に,ぐつぐつぐつぐつ,人は考えてるようで,相似点。
自分からは,見えない。見えない,自分。相似点。そのまた,
芋焼酎の匂いがいやでいやでね,つぶやきながら,
夜には,にんまり笑顔の相似点。反発する時,あまのじゃくの,
あの時,鍋を突いたね,きりたんぽ。相似点,軟骨つみれ。
月が,月が,ぼんやり渦巻いている雲を突き抜けて,
黄色い光を,運んでくる,相似点。
芋焼酎の甘い。

業の煮えたぎる,
姿の苦しみより,仏陀は
かぐや姫。

考えない自分は,
考える自分を,追いかけた。
今度は,国生み神話の,自分は
イザナミの番だ。と,いうばかり,
追いかけるのはいいけれど
見つかったのは,砂利石ばかり,
ジャリジャリジャリジャリ,かじってる。
何だろう,真理は,(ガンジーは,Truthと言っている,)
何にもない。追いかけていたもの,Nothing,
is Truth.元も子もないけど,
何にもない,

なら。

相似点。

相似点,

かくゆう,なにをするにも,エゴイズム。響きのわるければ,健康。つたわりにくいのならば,コダワリ。水分を,多くとる人。多食な人。食べたくない人。すこしつかれた時に,放心したく”なる”。この,瞬間,ドライブ中でも,調理の途中でも,お風呂の時でも。こんな放心したい,その瞬間に,幸せを感じるのは,前世も当日も,自分全部を忘れ去られる,忘我の瞬間。忘れる,そのこと自身がどうも,大切なようで,やっぱり考えるのは良くないのか。考えないとしたら自分はないのか,といえば,キーボードの自分,眼鏡の自分。身の周りの時間の中に個が見えてきて,キーボードの中から,眼鏡のうちから,地球の現れてくる。忘我の告白。そうやって,自分ではない自分が,自分のようである,ような,ちょっとわからない空間になってきて,相似点,何が自分と似ているのか,あくびをしながら,ハッと自分に問いかける。鏡をみていたら,鏡の”自分”は,相似点。

スポイト,

もちろん,
子いなり寿司,お夜食に,
お月見してる,狐コンコン,
旅しては,移ろう。
これは,何だろう。柿の,
と思い,ザクロの実。すぐ,
柿と梨とみかんの,合わし
すぐれた味のする,
気づく。
する,する柿の実の所まで,
のぼってきたは,
いいものの。
月の実までは,届かない,
スピリッツのように,スポイト
雫の垂れる。
狐コンコン,お月見してる。


楽しもう。

たまたま,
通り過ぎる感想。
紅葉も沸き立つ樹々。
珈琲と,お茶の
ブレンド。お米を,
はむはむ,遊興次元。

使命感は,とりあえず,
差し控えて,また朝の
夢見心地なお茶の,
差し当たり,一杯の
そうだね,遊興次元。

麦の香を,豆乳オレで,
差し挟む,全粒粉,マフィン,
ハムハム,ヤギ乳チーズに,
黒ごまペースト。

また,あの
カフェ。お邪魔して,
スマホ,読書に
メモメモ,そうだな,
遊興次元。


ザルツブルク,

ハルシュタット,
アップライト・ベースより
呼びきたる,
ベゴニアの花,逍遙。

蕎麦の花蜜を吸う,
晩夏,堀辰雄の逍遙。
咳込む,ロマネスク
骨肉に滲みる,
乾布摩擦。

通り道の各々の所に
蕎麦屋のある,
文化というのは
こういう情緒の
入りきたる,
白ねぎの香り。


遊興次元,

自然一体化,
郷に入れば郷に従え。
は,一緒なことなの
だけど。

浄化と言われて昨今,
調和とは,不協和音も含む,
気もそぞろ,もののけも含む。

直観に与していれば,
いいのか,と。
直観に与さない,
そういう,直覚もまた,
落ち葉のカーテン,
あれは,すべて,
堆肥になれば,
いいのに。

相似点,
というのはあるけど。
秋の日の行楽は,
紅葉も,日のポカポカ,
相似点,として
人間の内側にも,
沁みてくる。

直感というのは,
そういうのを,言うの
では,ないか。


スーパームーン,

自然が拡張されると,
ファシズムになるから,
もちろん,エゴイズムでいい。
テンパっているのなら,
エゴイズムをたくましくするといい。
いつも3時くらいになると,
顔をだすスーパームーン。
健康の基本は,
エゴイズムなのだ。
そう,気づかせてくれる,
スーパームーン。だから,
何にも,期待しなくて良い。
一味とねぎを添えて,
むしろ蕎麦を喰う。


画幣時代,

次に来るのは,画幣時代,
取引きされる,通貨のコード
すべてが,絵画であり,
写真であり,版画である
思考自体が,画幣化される
自然回帰は,画幣化される
画幣化された,自分は
エクストラスーパームーン
自然自体が画幣だったのだ。
むしろ,スーパームーンは
それをあらわすための,良い機会
と,言うよりも,スーパームーンは
画幣なのだから。自然回帰は,この
画幣時代に何らかの解放感を以て,
臨在する,あのスーパームーン。



自然回帰,

モモのいう時間泥棒は自然だ。
工業化してゆく,その自然。
テンパってしまう,自然。
自然は,繰り返すように
人間も,繰り返す。テーマは
常に変わらない,
内に自然を取り込む。
そして,咀嚼し排泄する,
テーマは
常に変わらない,
自然回帰。


原住民栽培化,

月明かりに思う,
僕に,モデルケースはない,
だから自然回帰がbestだ。
壁は,高い。けれど
敷居の低いの,
これが,bestだ。例えば
酸いも甘いも,尽くされた。
高級料理を頂いたあとで,
やはり,白砂糖の餡子。
お煎茶でいただく。
僕に,モデルケースはない,
だから自然回帰がbestだ。
月明かりに思う,